かれこれ10数年前、ロックバンドのボーカリストで作曲もされる方からご依頼がありました。11曲のまとめてのアレンジ、演奏、ミックス、マスタリングまで任せていただきました。

私自身まだ音楽制作家として駆け出しだったこともあり、11曲も一度に制作したこともなくとても記憶に残っていました。プロダクションを通しての仕事でしたので、直接お会いしたわけではないのですが、デモテープを通じて歌声を聴いていたので、なんとなくどんな雰囲気の方か想像していました。

そのプロダクションとの関係や、私の仕事のやり方の変化もあり、それから継続して関わらせていただくことはありませんでしたが、この度、またその方からオファーがあり、再び音楽制作の仕事をお受けいたしました。

実に14年ぶりのご依頼で、いただいたデモテープの歌声を聴いた時は感慨深いものがありました。

さて、その際に制作についてご相談がありました。

デモテープのキーはGキーで制作されていたのですが、ボーカルの音域の問題か、また別に問題があるのかわかりませんが、Fキーで歌を録音したい、とのことでした。1音下げる、ということになります。

さらに、その方のバンドメンバーのご意見で、Gキーで作った曲をFキーに変えるとニュアンスが変わってしまう、と言われたとのことで、なんとかピッチシフトなどで解決することはできるだろうか?という相談でした。

なんとも微妙な相談です。というのは、最高の状態をゴールとするとどれも劣化を招く結果になるからです。

まず、キーの変更については、当方ではFキーでもGキーでも音源は制作が可能です。しかしこの場合、メンバーさんのご意見であるニュアンスの変化はまのがれません。

そもそも「聴こえた感じ」や「ニュアンス」といった感覚的な部分の正解と、ピッチシフト、音質の劣化などの技術的な問題は、横並びにして論じる意味がありません。

Gキーで制作した音源をFキーにピッチシフトすると音質は劣化しますが、歌録音するためだけのガイドと考えればさほど問題ないとは思います。しかし、歌を録音したのちに元のGキーに戻す場合、オケは正常のものを使えますが歌は1音上げることになるので、ボーカルの変化という意味ではかなり厳しい変化量だと思います。

歌を録音したのちにFキーのまま行く場合、ギタリストさんのおっしゃるキーチェンジによる聴こえ方の変化も結局あり、ピッチシフトによるオケの音質劣化もありますので、結局最初からFキーで音源を制作した方が良いということになります。

ボーカルが歌いやすい音域をとるか、ニュアンスという感覚を優先させるかこれはこちらで決めることはできないので、まずは優先事項を決めていただくことになりました。